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橋本隆平コラム 「天下万物鳥肌祭」第三回

紳士・淑女の皆様、大変なご無沙汰をしてしまいました。
「天下万物鳥肌祭」、橋本隆平でございます。
不定期コラムとはいえ、不定期すぎるだろっ!というお叱り、
甘んじてお受けいたします。おっしゃる通りっ!!
あい、すみません!
というわけで、3回目の「天下万物鳥肌祭」、久方ぶりに行ってみましょう!
どうぞ、最後までお付き合いくださいませっ!

さて、最近の出来事などから何を書こうかと迷うところではございますが、
今回は、「記憶に残るということ」に焦点を当ててみたいと思います。
毎年年末になって、皆さん「あれっ?今年見た映画ってなんだったっけ?」とか、
「今年読んだ本は?大道芸は?舞台は?漫画は?」など、一年を振り返って
どんな文化・芸能に触れたのかを思い起こすことはないでしょうか?
別に1年で区切らなくても良いのですが、
これ、やってみると思った以上に思い出せないものじゃありませんか?
実際には、2か月くらいで区切って思い出そうとしても、
結構忘れているなんてこと、良くあります。
僕の場合、レンタルビデオ屋で4~5本映画を借りて、
その2週後にはあれ5本の内訳ってなんだっけ?なんてこともあるくらいで。。。

まあ、僕の脳内メモリーやハードディスクの容量が小さいという問題もあるかと
思いますが、それはさておいても、大なり小なり、
皆さんもおありの経験ではないかと思うわけです。

そこで思うのは、この情報過多の社会の中で、「人の記憶の中に残る」、「印象にこびりつく」、といった作品であることは、いかに難しいことであるかという事でした。
その作品に触れあっているときは、確かに楽しい。でも、忘れる。

これって、どんどん新しい情報が提供されてくる中で、頭の中の表層のメモリーは、
すぐに自動的に書き換えられて、深いハードディスクに保存されるまで、
記憶が待ってくれない、そんな感覚が僕にはあります。
だから、強い印象や、深い印象を与えてくれない作品は、たやすく記憶から消えていく。
でも、これは僕にとっては、なんだかむなしい、なんだか悲しい。

確かに、文化・芸能に触れることは、一種の余暇を彩るためのツールと言えます。
でも、それだけじゃない。ただ時間をそれなりに楽しく過ごして、はいおしまい!
記憶にも残らない、時間の過ごし方つぶし方の為に、僕たちは文化・芸能に触れるのか?
作り手の皆さんは、人生を費やして創り上げるのか?と思うと、とてもやるせない気持ちになるのです。僕はお客側でもあるし、仕掛ける側でもあります。だから、やはり出来る事なら、深く人の印象に残りたい、記憶の中に残りたい!そして、それを人と話す話題の中に据えてほしいし、出来る事なら一生忘れない位の強い何かでありたいと願います。

ではいったい、記憶に残るとはどういうことなのでしょうか?
思い返してみると、自分にとっては「すごく良かった」は勿論ですが、
逆に「すごく嫌いだった」も実は記憶に残ってたりします。
むちゃくちゃ、つまんなかった!というのは、それを話題に人に話したりもします。
とすると、共通するのは、良くても悪くても、「すごく!」がつくかどうか?かなと。

記憶に残るという事に重きを置いて考えてみると、「適当に面白い」というものよりも、
「すごくつまらない!」「すごく嫌い!」という方が、記憶には残る。
これって、自分にとってはなんだかとても興味深い感覚で、
どうせ見るなら、どうせやるなら、面白くっても、つまらなくっても、
思いっきり、突き抜けることがとても重要ということに気づかせてくれます。
「それなりに」とか「良くできてる」のように、「うまくまとまっている」ものよりも、
いかに振り切っているか?いかに突き抜けているか?普通じゃないか?が、記憶に残るためには、すごく重要なのではないか?そのように考える事も出来るわけです。
勿論、全てがその尺度で測れるわけではありません。しみじみと良い、じんわりくる、
などゆるやかに心に記憶に染み込んでいく作品のありかたもありますし、
そういった作品は僕も大好きです。

結局何が言いたいのかなというとことをまとめてみると、
いずれにしても作者・製作者側の、想いしかり、エネルギーしかり、アイディアしかりが、
普通じゃだめだ!ってことなわけです。世の中に、良く出来ているものは五万とあります。
良く出来ているということは、普通になってしまったんです。
そもそもは、良く出来るという事自体、簡単なことではありません。
本当はこれは、普通じゃない。でも、普通になってしまった。
であるならば、いかに普通じゃなくいられるか?が、
とても重要な要素になるのではないでしょうか?

人それぞれ、喜びの尺度、記憶に残る作品群は違います。
「いい作品ってなんだろう?」という疑問は、
いろんな解答が存在するとっても素敵な問題です。
今回は、その問題の僕なりの、あくまでも「今」の「1つの」考え方でありますし、
まだまだ色んな要素や考え方があります。
色々な人と「いい作品ってなんだろう?」と話したいし、お話を伺いたい。
そして、みなさんの「記憶に残る作品」も聞いてみたい!

というわけで、今回は「記憶に残る」って何だろう?をテーマに、
「鳥肌祭り」をお送りしてみました。皆さんの心と記憶に残っている作品から、
鳥肌ゾワ!またいつお会いできるか分かりませんが、
みなさん、それまでチャオ!アディオス!再見!
ありがとうございました!

大道芸プロデューサー
橋本隆平

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2012/12/31 14:42 | コラムCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

浅草東洋館がお届けする「浅草」コラム 第二弾

当ブログをご覧のみなさま、いつもお世話になっております。
浅草大道芸【オフィシャルブログ】の暫定・名物候補、不定期コラムでございます。
今回お届けいたしますのは、今村直貴氏の『浅草東洋館がお届けする「浅草」コラム』でございます。
今回は、数多くの演芸・芸人を見ている今村氏ならではの、溢れる情熱と熱い思いを感じました。
熱意ある文章を書いて頂いた今村氏に、この場を借りて御礼申し上げます。

それでは皆様、お楽しみ下さい。

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「昔、“ビートたけし”が、ここにいたんでしょう?」
東洋館の前身であるフランス座に関する質問をお客様から頂く機会が非常に多いです。
そのほとんどが、上記のような“ビートたけし”さんについてのもの。
最近入社した20代のスタッフも“ビートたけし”さんの話題になると目を輝かせます。
世代を問わず、これだけ多くの人を惹きつける魅力はいったい何なのでしょうか?

フランス座は舞踊中心の上品なストリップと幕間の爆笑コントを売り物にしていました。しかし、ストリップが目当てのお客からすれば幕間のコントは時間調整の出し物に過ぎないので、痛烈なヤジが飛ぶこともしばしば。
そんな悪条件の中から、最終的にはそのコントを目当てに来場するお客が増えるまでに満足させ、認めさせたのです。
“求められていない環境でも切り拓く”
この歴史と“ビートたけし”さんの魅力、何か共通するものを感じます。

フランス座とは内容こそ違いますが、現在、東洋館に出演している若手の芸人にとって浅草という土地柄、年配のお客が極端に多い状況は、当時と同じような悪条件と言えるかもしれません。
さらにその中に演芸・お笑いに興味があり、演芸場に足を運んで生の舞台を楽しみたい!という方がどれくらいいるのでしょう?
特定の出演者が目的ではなく、純粋な、演芸・お笑いファンは?
先日、私の知り合いがこんなことを言っておりました。
「どうしてそんなに演芸・お笑いにこだわる必要があるのか?特に自分から求めなくても日常の生活で自然発生的に笑うことはあるし、それで十分。もし笑うことが無く一日が終わったとしてもそれはそれでいい。笑うこと以外にも楽しいことはたくさんある。」
と・・・。
一般の方の考えが、これと同様もしくは限りなく近いとなると・・・絶句するしかありません。

なぜ演芸・お笑いに対する認識が今ひとつなのか?
簡単にやっているように見えるので“芸術”として捉えている方はとても少なく、あくまで“余興(その場限りの戯れ)”と考えられてしまう場合が多いのではないでしょうか。
“戯れ”には、
・本気になってやったものではなく、軽い気持ちでしたこと
・おもしろいことを言ったりして、しばらく時間をつぶすこと
のような意味があるのですが・・・このように捉えられてしまうのは、この世界に身を置く者にとっては宿命でもあるのですが、多少の寂しさもつのります。
特に落語以外の、漫才・漫談・コント・マジック・曲芸・腹話術など「いろもの」と呼ばれる演目について、その傾向が強いと感じています。
芸人によっては、そんな“芸術”だなんて深く考えられてもやりにくいと思うかもしれませんが、いよいよこのことを誰かが声を大にして、あえて言わなければならない事態にまで追い込まれている気さえしています。
“芸術としての演芸・お笑い”を確認できる場として、生の舞台を提供していくことがこれからの課題。
演芸・お笑いの価値が、もっと多くの人に認められるべきだと私は思います。
と同時に“ビートたけし”さんのような時代を切り拓く芸人が東洋館から生まれることを期待しています。

浅草東洋館
今村直貴

2011/11/20 19:58 | コラムCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

天下万物鳥肌祭 鳥肌2つめ ~表現に携わるという事自体が鳥肌っす!~

当ブログをご覧のみなさま、いつもお世話になっております。
浅草大道芸【オフィシャルブログ】の名物となっているかどうかは分かりませんが、またまた不定期コラムを掲載させて頂きます。
今回のコラムは、橋本隆平氏の「天下万物鳥肌祭 鳥肌2つめ」でございます。
実行委員の都合により、原稿を頂いてから掲載まで時間がかかってしまいました。
この場を借りて、御礼とお詫びを申し上げます。
それではどうぞ皆様、お楽しみください。

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紳士・淑女の皆さま、お待たせいたしました。
第2回目となる「天下万物鳥肌祭」、橋本隆平でございます。
鳥肌1つめから、はや一ヶ月。気がつけば夏も終わり、
早くも鳥肌が似合わぬ季節になってきてしまいました。
いやいやいや、こちらで取り上げる「鳥肌」は、
オールシーズン対応の優れモノでございますので、
お気になさらず、どうか引き続きお楽しみ下さいませ。

すっかり前置きが長くなってしまいましたが「天下万物鳥肌祭」。
今回もはりきって参りましょう!「Let’ feel TORIHADA world !!!」

さて、今年も残すところあと2カ月強。私、今年の夏は結構忙しく過ごさせて頂き、
心に栄養を与える暇もなく、仕事のみで時を過ごしてしまいました。
イカンイカンと思うものの、映画や本、芝居に大道芸、文化に触れる機会がありません。
でもよく考えるとこれが、現代に働き、戦う皆様の生活ではないか?と思うようになりました。
かくいう私も、数年前まではサラリーマンとして、
鬼の様に忙しい日々を送り、過労でぶっ倒れるなんてこともあった程。
そんな時にこそ考える、文化・表現・アートとの関わり方、そして関係性。

なぜ、人は表現・文化・アートを欲するのか?
はたして本当に欲しているのか?

忙しい毎日を過ごしていると、やはり身体だけでなく、心も一緒に疲労します。
身体はゆっくりとした休日を過ごせばよいし、時にはマッサージや、温泉なんかに行くのもよい。
それで幾分身体の疲れはとれるものの、一緒に心の疲れもとれるかというと、決してそうとは言い切れません。

こと自分の過去を振り返ってみても、仕事の事、人間関係、お金、生活のことなど、悩みの種は数限りなく、数日休みを取ったところで、すぐに解決したり癒されたりするものではありませんでした。

それは勿論、今もそうです。

では何が、この心の疲れを解消し、
心を前へ、ポシティブな気持ちに誘ってくれるのでしょうか?
僕は、それこそが、僕らの本業であり本懐である、
表現・文化・アートではないかと思っています。

ついつい日常では、表現・文化・アートとかいうと堅苦しくていけませんが、
もっともっと気楽に、心のデトックスアイテムだと考えてみます。
好きな音楽を聴いてテンションがあがったり、最高に感動する芝居を見ると、今まで自分が悩んでいた事が、いつの間にかどうでも良くなっていたことはないでしょうか?
心が感動し動くと、日頃の悩み事が些細な事に感じられる。
思いっきり笑ったり、感動して涙を流したり、
逆に憂鬱を共有したり、怒りを代弁してもらったり。
そうしていつの間にか、心がスッキリしていたりします。
何か表現に接するという事は、良い方向に心を動かしてくれるように思えます。

だとしたら、これこそが僕ら表現に携わる者たちに与えられた使命であり、
大きな役割である。そう、考えるようになりました。

フェスティバルであれば、思いっきり街を非日常の世界に変えて、
興味と興奮、歓びと驚き、感動、出会いのオンパレードにする。
音楽だって、本だって、大道芸だって、なんだって、何か人に届くように、
何か人の心を少しでも動かせるように、真剣に取り組み伝えようとしていれば、
それが誰かの心を少しでも動かし、もしかしたらかけがえのない歓びや癒しに
なっているかもしれない。

表現・文化・アートの世界に身を置いたのならば、
何気なく携わるのではなく、自己顕示欲の為に携わるのでもなく、
少しでも人の心を動かす為に携わる。
多くの人の心を動かせるようになれたのであれば、それこそが喜びであり、
それが実力となり、知名度にもお金にもつながる。
その順序を間違えてはいけないし、その根本思想があったならば、
どの分野、どのジャンルにいようとも、きっと人の心は動かせる。
そう思うと、自分の仕事にとても興味がわいてくるし、
やりがいも感じてくる気がします。

この忙しい夏を終えて心の栄養が少なくなってきた今、
また思いっきり生活にアクセルが踏んでいけるよう、
芸術の秋に思いっきり栄養を吸収して、
心を動かしまくってやろうと思います。

今回は、僕達が携わる「表現・文化・アート」という分野が持つ、
スピリッツに鳥肌ゾワッでございました。

皆様、季節の変わり目お風邪などひかれませぬよう!
アディオス!メルシー!ダンケシェン!でした~!

2011/10/12 20:44 | コラムCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

浅草東洋館がお届けする「浅草」コラム 第一弾

浅草大道芸実行委員の太平洋と申します。
こちらのブログにまだ一回しか登場していない不定期コラムですが。
この度、さらにもう1名、コラムを執筆して頂けることになりました。
コラムを書いて頂く方は、浅草東洋館にお勤めの今村直貴氏です。
今村氏は浅草東洋館の現場責任者であり、また浅草東洋館自らが芸人を選んで公演をする「東洋館スペシャル寄席」の担当者でもあります。太平洋も今村氏のご配慮により「東洋館スペシャル寄席」に度々出演させて頂いております。
寄席の舞台で様々な芸人を見ている今村氏に、大道芸とはまた違った視点で芸のこと、そして魅力溢れる町「浅草」のことを書いて頂く予定でございます。
まずは第一弾
ご一読頂ければ幸いです。

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はじめまして。
浅草東洋館の今村直貴と申します。
「東洋館」では、毎月10日・20日・30日(31日)に開催している「東洋館スペシャル寄席」の番組企画を主に担当しております。
もっと多くの人に「東洋館」を知ってもらい、「いろもの寄席」と呼ばれる落語以外の演目を中心とした寄席を身近に感じて頂けるように日々奮闘中でございます。

「浅草」についてのコラムを・・・という事なので、まずは私が「浅草」に対して持っている印象から出てくる単語を挙げてみたいと思います。
大衆的、ホームレス、酒、祭り、お笑い、粋、昭和、下町、浅草寺、人力車(うっ、小学生でも挙げられそうな単語ばかり)・・・まだいろいろ出てきそうですが、ここまで挙げただけでもその単語に共通する、あるキーワードが見えてきます。
そう・・・“人”との関係が容易に想像できるものが多いですね。
「人間らしさが詰まった街」~単純に言うなら、それが「浅草」なのではないでしょうか?

喜怒哀楽、様々な“欲”・・・何が良いのか悪いのかは別にしてそういったものを“人間らしさ”とするなら、「浅草」にはそれが非常に“わかりやすく”存在しています。
建造物はもちろんのこと、飲食店にしても“昔ながらの”ものが数多く残っているので、日本の文化、伝統を受け継ぐ街として外国人観光客が多いのも頷けます。
“古い”ものを“新しく”、可能な限り無駄を省き、利便性を追求する社会から見れば軽視されがちな要素が“むき出し”で残っている・・・。

私が身を置いている「東洋館」も、もしかしたらそんな要素の一つ。
「東洋館」の前身はビートたけし、渥美清など多くのコメディアンや役者を輩出した「浅草フランス座」です。
歴史があります。
これまでどれくらいの人達が「東洋館」に関わったのか正確にはわかりませんが、たくさんの人達の様々な“思い”が詰まった場所であることは間違いありません。
その歴史に“思い”を巡らせていると、何をするにしても結果はもちろん重要なのですが、私が最も興味があるのは、そこに至るまでの過程でそれに携わった人達がどんな“思い”を胸に秘めていたのか?という部分であることを再認識できます。
はっきり見えないので表面的にそれほど影響がないと捉えられ、“日常”では蔑にされてしまうケースが多い人間の感情。
時に“非日常”と表現される心躍る機会がいろんな形で少しでも増えればと願っていますし、「浅草」が、それを担う貴重な街になり得ると考えます。

前回のコラムで橋本さんも「人間が共有できる感覚」について書かれていますが、人それぞれ価値観・表現方法が違うとはいえ「人間が持っている共通の何か」を私も感じています。
その交わる部分が何なのかを知りたくて、“笑顔”が生まれる演芸の世界に足を踏み入れたのかもしれません。
「浅草」での縁があり、今こうしてコラムを書いています。
もっと詳細を言うなら、浅草大道芸でパフォーマンスをしていた太平洋さんとの“出会い”がありました。
「人間が持っている共通の何か」によって、この “出会い” がもたらされたと考えるのは少し大袈裟でしょうか?(笑)
皆さま、ぜひ「浅草」に足を運んでください。ステキな街です。
スカイツリーも見えますよ~。

※東洋館・・・都内で唯一の「いろもの」を主とした寄席を開催している演芸場。
        「いろもの」とは漫才・漫談・コント・マジック・紙切り・曲芸・ものまね
など、落語以外の演芸のことです。
毎月10日、20日、30日、(31日)は、「東洋館スペシャル寄席」を開催。

2011/09/23 21:56 | コラムCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

天下万物鳥肌祭 鳥肌1つめ ~ごあいさつ~

紳士・淑女の皆さま、はじめまして。
この度、コラムを寄稿させて頂く事になりました、
橋本隆平と申します。

私、日本では大変珍しい、
各地に大道芸フェスティバルを立ち上げる事を生業としており、
父を大親分に、2代目修業真っ只中の身にございます。
いつもの街を、演劇的でドラマティックに、そしてファンタジックに。
ありとあらゆる表現者たちが街中に散らばり、日常を非日常の世界に染めていく。
そんなフェスティバルを日本全国の街々に実現すべく、
日々駆け回って仕事をしております。

これからお送りして参ります「天下万物鳥肌祭」。
そんな上質で魅力的な表現者が集まるフェスティバルと同様に、
私が日々の生活で出会った、モノ・ヒト・コト・シソウの中から、
「鳥肌」を感じた事柄だけを片っぱしから集めていき、
鳥肌だけが集まる「祭」的内容にしていこうと画策しております。


さて、そもそもこの「鳥肌」、最近皆さん感じておられます?
冷房の効きすぎ!、稲川淳二見ちゃった!じゃないですよ!?
あの、感動した時にゾワゾワッとくるあれです。
あれって、一体何なんでしょう?
意識的には絶対できず、どちらかというと自分の感性よりも先に、
鳥肌先行でやってくる。なんともいえない、あの感覚。
ゾワゾワ キターーーッ!みたいな。

私、実は、あれは「魂の歓び」ではないかと考えています。
表層の歓びではなく、もっともっと深い。
自分の趣味嗜好を超えた何か先天的な感覚。
自分が喜んでる!というよりは、魂が感じてる!歓んでる!みたいな。
そしてこの魂に直接訴える力は、きっと時代も国境も年齢も超えて、
「人間」が共通して感じうる歓びに、どこかが触れているのではないか?
そう考えると、とってもワクワクしてきます!

いったい、どうやったら人に鳥肌を立たせられるのか?
今の自分では分からない。
でも確実に、世の中には人に鳥肌を立たせられる人がいる。
(便宜上、稲川先生を除く。)
じゃあ、自分が鳥肌を感じたモノを集めてみよう。
そしたら、その共通性から何かが見いだせるかも。
そんな思いも含めて、これから何回続くかわかりませんが、
お送りしていきたいと思います。

節電のご時世に、エアコンいらずのこの「天下万物鳥肌祭」。
お暇な時や、蒸し暑くて寝苦しい夜?
うわっゾワゾワ キターーーーーッ!みたいな感じで、
私と一緒に是非「鳥肌」を感じて頂ければ幸いです。

お楽しみに!

2011/08/18 23:26 | コラムCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

コラム掲載のお知らせ

当ブログをご覧のみなさま、いつもお世話になっております。
浅草大道芸実行委員の紙と申します。

今月より不定期ではありますが、当ブログにコラムを掲載していくことになりました。
コラムを執筆して頂くのは、
大道芸プロデューサーとして多くのフェスティバルをプロデュースされている橋本隆平氏です。

隆平氏と私は歳も近く、個人的にお酒を飲んだり、舞台を観に行ったりと親しくさせていただいております。
私がコラムを誰かに書いてもらいたいと構想した時に、真っ先に思い浮かんだのが隆平氏でした。
大道芸プロデューサーという演者とは違う「仕掛ける側」の視点をもつ隆平氏に話を書いてもらいたい。
その思いを伝えたところ快く了承して頂きました。

氏にはこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。



コラムについては、隆平氏の持つ個性を存分に発揮して頂きたいと考えております。
そのため内容については、大道芸に関わることから、将来的な構想、夢。
個人的に好きなもの。家族や音楽のこと。
さらには七色の語彙というよりも桃色の語彙をもつ隆平氏の本領を発揮するようなものまで多岐に、
自由に書いてもらいたい。そして時には多少過激な表現を用いてもよいと伝えてあります。


なお、このコラムの内容はあくまで橋本隆平氏一個人の考え方であり、浅草大道芸としての意思や組織を代表する発言ではないことをご了承ください。
それではどうぞ皆様、お楽しみください

2011/08/18 23:16 | コラムCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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